ジャニーズ当事者の会メンバーの現在|平本淳也氏ら顔ぶれと解散の真相
創業者の性加害問題に端を発し、日本のエンタメ界のみならず社会全体を大きく揺るがせた旧ジャニーズ事務所をめぐる一連の告発劇。その中心で救済と真相究明を求め、世論を突き動かす原動力となったのが「ジャニーズ性加害問題当事者の会」でした。
被害を実名・顔出しで訴え出た勇気ある元タレントたちの存在は多くの人々に衝撃を与えましたが、活動の過程では激しい誹謗中傷やメンバー間の意見の相違、組織の解散など激動のドラマがありました。本稿では、代表を務めた平本淳也氏をはじめとする主要メンバーの経歴や脱退者の動向、会の解散理由、そしてSMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)による補償の現在地までを詳細に総括します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ジャニーズ性加害問題当事者の会」は平本淳也代表や石丸志門副代表ら元ジャニーズJr.を中心に結成され、歴史的な記者会見や救済要請を主導した。
- 要点2:活動方針の相違や過酷な誹謗中傷を背景に志賀泰伸氏らの脱退が相次ぎ、補償窓口の設置など一定の役割を終えたとして2024年9月に会は解散した。
- 要点3:SMILE-UP.による補償金支払いは現在も個別対応で進められており、元メンバーたちはそれぞれの立場から完全な救済を見守り続けている。
【主要メンバー一覧】代表・平本淳也氏や石丸志門氏ら顔ぶれと経歴

「元ジャニーズの被害者の会には誰がいたのか」という疑問を持つ人は少なくありません。2023年6月に結成された「ジャニーズ性加害問題当事者の会」には、10代の頃にジャニーズ事務所へ所属していた複数の元タレントが参加しました。メディア露出や交渉の前線に立った主要なメンバーのプロフィールと経歴は以下の通りです。
- 平本淳也(代表):1980年代にジャニーズJr.として活動。退所後は作家、実業家、イベントプロデューサーとして活動し、30年以上前から著作などでジャニー喜多川氏の性加害を告発し続けてきた先駆者的存在です。
- 石丸志門(副代表):1980年代前半に所属し、ドラマやCMに出演した元ジャニーズJr.。理路整然とした語り口で会の広報・交渉役を一手に引き受け、国会での法改正要請やメディア出演を積極的に行いました。
- 二本樹顕理:1990年代後半にジャニーズJr.として活動。テレビ朝日系『ミュージックステーション』やドーム公演のバックダンサーを務めた経験があり、実名告発初期から自らの体験を詳細に語りました。
- 大島幸広:1990年代後半に活動。著書や証言を通じて合宿所での被害実態を具体的に告白し、被害者救済の枠組み作りを強く訴えました。
- 長渡康二:1980年代に所属。合宿所での生活実態や当時の事務所内の空気感を克明に証言しました。
なお、日本外国特派員協会での記者会見で社会に決定的な火をつけたカウアン・オカモト氏は、当事者の会の正式な所属メンバーではなく、独立した立場で被害を訴え、独自の救済活動を展開していました。
元ジャニーズJr.たちの告発経緯|歴史的な記者会見から社会運動へ

事態が大きく動いたきっかけは、2023年3月に英BBCが放映したドキュメンタリー番組でした。その後、カウアン・オカモト氏や橋田康氏らの勇気ある告発が相次ぎ、長年タブー視されてきた問題に大手メディアが向き合わざるを得ない状況が生まれます。
そうした中で結成された当事者の会は、2023年7月以降、日本記者クラブや外国人記者クラブなどで幾度となく記者会見を開き、国連人権理事会の専門家によるヒアリングや、児童虐待防止法の改正を求める署名活動を展開。単なるタレントの告発にとどまらず、日本の人権意識やメディアの沈黙を問い直す大きな社会運動へと押し広げました。
この強い社会的圧力により、ジャニーズ事務所は2023年9月および10月に会見を開き、性加害の事実を正式に認めて謝罪。社名を「SMILE-UP.」へと変更し、被害者補償に専念する方針を発表することとなりました。
内部対立と相次ぐ脱退者|志賀泰伸氏らが袂を分かった背景

当事者の会は一枚岩として活動を続けたわけではありません。活動が長期化し、補償の具体策が議論されるにつれて、メンバー間での方針の違いが表面化しました。
特に大きな注目を集めたのが、1990年にメジャーデビューした人気アイドルグループ「忍者」の元メンバーである志賀泰伸氏の脱退です。志賀氏は「デビュー組」からの初の告発者として大きな存在感を放っていましたが、会が求める補償金の算定方法や組織運営を巡る方針の違いから、2023年秋に役員を辞任し、その後会を離れました。
志賀氏のほかにも、中村一也(ハモン)氏などが活動方針の相違や自らのスタンスを見つめ直す中で相次いで脱退。補償委員会との交渉を「会として集団で進めるべき」とする立場と、「被害内容や生活状況が異なるため個別に弁護士を通じて交渉すべき」とする立場の間で意見が分かれたことが、主要メンバー離脱の主な原因となりました。
なぜ解散に至ったのか?過酷な誹謗中傷と「当事者の会」活動終了の理由
結成から約1年3か月が経過した2024年9月、当事者の会は正式に解散を発表しました。多くの注目を集めた組織が解散を選んだ背景には、いくつかの決定的な要因が存在します。
第一の理由は、「被害補償の道筋が一定程度つき、組織としての初期の目的を果たした」という判断です。SMILE-UP.による補償受付窓口が設置され、外部の弁護士で構成される被害補償特設委員会による個別の聞き取りと補償金支払いが本格化したことで、会として集団交渉を行うフェーズから個別救済のフェーズへ移行しました。
第二の理由は、被害者たちに向けられた苛烈な誹謗中傷です。実名で声をあげたメンバーたちに対し、一部の過激なファンやネットユーザーから「嘘つき」「金目当て」といった心ない言葉が浴びせられ続けました。2023年秋にはメンバーの一人が自死するという痛ましい悲劇も発生し、精神的な負荷が限界に達していたことも大きな要因です。
平本淳也氏ら幹部は「被害者同士の対立を避け、全員が平穏な日常を取り戻すためにも組織を畳むことが最善」と判断し、会の歴史に幕を下ろしました。
【2026年最新】SMILE-UP.(スマイルアップ)の補償金支払い状況と現在
当事者の会が解散した後も、被害者への金銭補償と心のケアはSMILE-UP.の手によって継続されています。補償の進捗状況は以下の通り着実に進展を見せています。
- 申告件数と補償通知:補償受付窓口には約1,000人規模の申告が寄せられ、事実確認が取れた申告者から順次、補償金額の提示が行われています。
- 合意と支払い状況:申告者のうち過半数を超える数百名に対してすでに補償金の支払いが完了しており、未合意の申告者に対しても個別面談を通じた協議が続けられています。
- 誹謗中傷への法的措置:被害者を苦しめ続けたネット上の誹謗中傷に対し、SMILE-UP.や被害者側の弁護団が連携して発信者情報開示請求や刑事告訴を行い、複数の加害者に民事上の損害賠償命令や刑事罰が下されています。
元メンバーたちの現在としては、平本淳也氏や石丸志門氏をはじめ、それぞれがメディア露出を控えつつも、自身のトラウマケアや日常業務に専念しています。完全な補償終了と会社の清算に向けたプロセスは、今なお厳格に見守られています。
【ジャニーズ当事者の会 メンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:当事者の会のメンバーは現在どのような活動をしていますか?
A1:会が解散したため、組織的な街頭活動や定期会見は行っていません。平本淳也氏や石丸志門氏をはじめとする元メンバーは、それぞれの本業に戻りながら、個別に補償手続きを進めたり、性被害防止に関する講演や執筆を個人として行っています。
Q2:脱退した志賀泰伸氏や中村一也氏はその後どうなりましたか?
A2:会を脱退したメンバーは、当事者の会を通さずに自身の代理人弁護士を通じてSMILE-UP.との補償交渉を行いました。独自の道を選んだものの、被害救済を求める根本的な目的において一致していました。
Q3:カウアン・オカモト氏と当事者の会の関係はどうなっていますか?
A3:カウアン氏は当事者の会には所属せず、初期から個人として活動していました。会とは情報交換を行うなどの連携はありましたが、一貫して独立したスタンスでアーティスト活動や発信を続けています。
まとめ:被害者救済の行方と芸能界が向き合うべきこれからの課題
「ジャニーズ性加害問題当事者の会」が果たした歴史的役割は極めて大きく、閉鎖的だった日本の芸能界の構造や人権軽視の体質に決定的な風穴を開けました。
彼らが自らの過去を晒し、誹謗中傷に晒されながらも声をあげ続けたことで、企業の人権デューデリジェンスや未成年タレントの保護体制は劇的な進化を遂げました。会そのものは解散したものの、残された最後の1人が救済されるまで補償の行方を注視し続けること、そして二度と同じ悲劇を繰り返さない環境を作ることが、社会全体に課せられた重い責務です。 (出典: ジャニーズ 当事者の会 メンバー(Yahoo!ニュース))